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○今日の参加者は一人でした
 というわけで、訳は進めず、卒論検討会みたいな形になりました。

○ガーデンパス文を考える(2)
 
 先生はお酒を飲んだ生徒を注意した

 という文を、パーサーがどう処理するかというと、おそらく
 -先生はお酒を飲んだ
  -生徒を注意した
 まで読んで、
 -先生は
  -お酒を飲んだ生徒を
 -注意した
 という形で、構文解析をやり直すものと思われます
 (ちゃんと調べて書き直す/予定)

 この文を、音読することで、黙読したときよりも「正しい」文の理解ができるらしいですが、この場合の音読はどのような効果を持つのか?という疑問が現れます。

 ひとつの仮説としては、次のようなことが考えられるでしょう。
 音読するためには、韻律(prosody)情報を処理しなくてはならない
 →正しい韻律を用いるために、構文解析の結果が必要である
  →構文解析の結果がより強力に(?)処理される
   →結果、文理解が促進される。

長いので、折りたたみました。続きを読むでどうぞ。
 

この文の正しい韻律(特に、休止の面)は、

 先生は/お酒を飲んだ生徒を/注意した
 であり、
 先生はお酒を飲んだ/生徒を注意した
 ではないはずです。この正しい韻律を持った発話を実行するため、
 構文解析を行う→エラーに気づく→再度構文解析を行う
 →韻律情報を処理する→発声する
 という一連の処理を実行するものと考えたとき、音読をさせるというのは、
 韻律情報の処理を正確に行う必要性を強調する(そのような構えを形成させる)ことに繋がるのではないか、と考えられます。

 つまり、音読が効果を持つためには、
 ・韻律情報処理のために「待つ」ことができ
 ・韻律情報を送るために、構文解析を行うことができる
 必要があるはずです。
 (単に音読をしただけでは意味がないのかな、ということが考えられます)

○検証のために
 先生は/お酒を/飲んだ/生徒を/注意した
 と、一文節ごとに区切って文章を提示し、一文節ごとに音読をする
 →黙読時の成績、および全文を同時に提示した場合の黙読/音読時の成績と比較する

 もし上記の仮説(音読の効果は、韻律情報のために構文解析結果をより強く処理するために起こる)が真ならば…

 全文を同時に提示したときの黙読と音読の成績は、黙読<音読になるはずですが、
 一文節ずつ提示した場合は、黙読=音読、あるいは黙読>音読になると考えられます。
 なぜなら、一文節ごとに読む場合、韻律情報のための構文解析結果は必要ないので、黙読時と同様の処理水準にとどまると考えられるからです。
 もしかしたら、音読をすることで、構文解析に注がれるリソースが低下し、音読の悪い効果が生じるかもしれません。
 このことは、ひょっとすると、構文解析が苦手な発達障害を持つ児童に関係するかもしれません(このへんは完全に妄想)。

○というわけで
 類似の実験がないか、なければ実際に予備実験をしてみたいところですね。
 もう少しパラダイムをつめてみましょうか。

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